はじめに
双極子モーメントと呼ばれる量と,それによって作られるポテンシャルおよび電場について解説する。
単一の双極子が作る場
電荷$q^+=q$と$-q^-=-q$を,それぞれ原点付近の$\bm{r}^+$と$\bm{r}^-$に配置する(これらの位置付近に原点を取るといってもいい)。
これらが,位置ベクトル$\bm{R}$で指定される位置に作る電場を考える。
まずポテンシャルで考えると
\begin{equation}
\label{eq:dipolar_potential_single}
\phi(\bm{R})
=
\frac{q}{4\pi\varepsilon_0}
\left(
\frac{1}{|\bm{R}-\bm{r}^+|}
-
\frac{1}{|\bm{R}-\bm{r}^-|}
\right)
\end{equation}
となる。
ここで,$\bm{R}$は$\bm{r}^{\pm}$と比べ,原点から十分遠くにあるとする。
すなわち,$|\bm{r}^{\pm}| \ll |\bm{R}|$。
すると,展開
\begin{equation}
f(\bm{R}-\bm{r}^\pm)
\simeq f(\bm{R})
-\bm{r}^\pm\cdot\nabla f(\bm{R})
\end{equation}
を用いて
\begin{equation}
\label{eq:small_r_expansion}
\begin{split}
|\bm{R}-\bm{r}^\pm|^{-1}
=&
[R^2-2\bm{R}\cdot\bm{r}^\pm+(r^\pm)^2]^{-1/2} \\
%
=&
\frac{1}{R}
\left[1-\frac{2\bm{R}\cdot\bm{r}^\pm}{R}+\left(\frac{r^\pm}{R}\right)^2\right]^{-1/2} \\
%
\simeq &
\frac{1}{R}
-
\frac{\bm{r}^\pm\cdot\nabla R}{R^2}
\end{split}
\end{equation}
と近似できる。
これよりポテンシャルは
\begin{equation}
\phi(\bm{R})
=
\frac{q}{4\pi\varepsilon_0 R^3}
(\bm{r}^+-\bm{r}^-)\cdot\bm{R}
\end{equation}
となる。
ここで,$\nabla R=\bm{R}/R$を用いた。
さらに,電荷の位置のずれを
\begin{equation}
\bm{d}=\bm{r}^+-\bm{r}^-
\end{equation}
とし,電気双極子(electric dipole)や電気双極子モーメント(electric dipole moment)と呼ばれる量
\begin{equation}
\label{eq:dipole_moment}
\bm{p}=q\bm{d}
\end{equation}
を定義すると,これが作るポテンシャルとして
\begin{equation}
\label{eq:dipole_potential}
\phi(\bm{R})
=
\frac{\bm{p}\cdot\bm{R}}{4\pi\varepsilon_0 R^3}
\end{equation}
という一般的な表現が得られる。
電場は(\ref{eq:dipole_potential})の勾配を取ればよく
\begin{equation}
\label{eq:dipole_E_field}
\bm{E}
=
-\nabla\phi
=
\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}
\left[
\frac{3\bm{R}(\bm{p}\cdot\bm{R})}{R^5}
-\frac{\bm{p}}{R^3}
\right]
\end{equation}
と得られる。
このように,双極子モーメントが作る電場は,$1/R^3$に比例して減衰する。
一般の場合
上の議論を,任意の数の複数の電荷が点在している場合に一般化しよう。
個々の電荷の大きさは必ずしも同じでなくともいい。
ただし,正電荷$q_i^+$と負電荷$-q_i^-$の総量は等しく
\begin{equation}
\sum q_i^+
= \sum q_i^{-}
= q
\end{equation}
であるとする。
よって
\begin{equation}
\label{eq:total_q_zero}
\sum_i q_i
=
\sum q_i^+
-\sum q_i^{-}
=
0
\end{equation}
が成り立つ。
電荷の正負を区別せず,個々の電荷の位置を$\bm{r}_i$とすると,ポテンシャル(\ref{eq:dipolar_potential_single})に対応するのは
\begin{equation}
\phi(\bm{R})
=
\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}
\sum_i \frac{q_i}{|\bm{R}-\bm{r}_i|}
\end{equation}
である。
$|\bm{r}_i| \ll |\bm{R}|$より(\ref{eq:small_r_expansion})と同様に
\begin{equation}
|\bm{R}-\bm{r}_i|^{-1}
=
\frac{1}{R}
-
\frac{\bm{r}_i\cdot\nabla R}{R^2}
\end{equation}
と展開すれば
\begin{equation}
\label{eq:dipole_potential_eq1}
\phi(\bm{R})
=
\frac{1}{4\pi\varepsilon_0 R}
\sum_i q_i
-
\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}
\sum_i \frac{q_i\bm{r}_i\cdot\bm{R}}{R^3}
\end{equation}
である。
上の条件(\ref{eq:total_q_zero})より,(\ref{eq:dipole_potential_eq1})の1項目は消える。
正電荷と負電荷の位置ベクトルをそれぞれ$\bm{r}_i^+$および$\bm{r}_i^-$と記すと,双極子モーメントの総和は
\begin{equation}
\label{eq:total_dipole_moment}
\bm{p}
=\sum q_i^+\bm{r}_i^+
-\sum q_i^-\bm{r}_i^-
=(\bm{d}^+-\bm{d}^-)q
\end{equation}
と表せる。
ここで
\begin{equation}
\bm{d}^+
=
\frac{\sum_{i+}q_i^+ \bm{r}_i^+}{q},
%
\quad
%
\bm{d}^-
=
\frac{\sum_{i-}q_i^- \bm{r}_i^-}{q}
\end{equation}
は,質量中心ならぬ電荷中心である。
正負の電荷中心の差を$\bm{d}=\bm{d}^+ - \bm{d}^-$とすれば,双極子モーメントは
\begin{equation}
\bm{p}
=q\bm{d}
\end{equation}
となり,これを用いることで双極子ポテンシャル(\ref{eq:dipole_potential})と対応する電場(\ref{eq:dipole_E_field})が同じように得られる。
このように電荷の和がゼロであっても,正電荷と負電荷の電荷中心がずれるとき,電場が生じる。
電荷が連続的に分布している場合,(\ref{eq:total_dipole_moment})に対応するのは
\begin{equation}
\bm{p}
= \int \rho(\bm{r}) \bm{r} d^3r
\end{equation}
である。