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    ルートの性質

    Dr. SSS 2022/07/07 - 10:35:15 1196 群論
    はじめに

    ここでは主にこれまでに示してこなかったルートおよび関連する概念の重要な性質を列挙し,後にそれらの証明を与える。 その前に1つ,以下で用いる概念を導入(おさらい)しておこう:

    定義: 写像$f:X\to Y$の定義域を,$X$の部分集合$A$に狭めたものを,$f$の$A$への制限(restriction)という。

    つまり,$X$の元のうち,$a \in A$だけを$Y$に写す写像$f(a)\in Y$のことである。 これを$f|_A$のように表す。


    keywords: Lie群, Lie代数, 線形代数

    命題:重要な性質

    1. 半単純Lie代数$\frg$の2つのルート$\alpha,\beta$に対し,$\alpha+\beta\neq 0$ならば$B(E_\alpha,E_\beta)=0$である。
    2. 半単純Lie代数$\frg$のKilling形式を$\frh \subset \frg$に制限すると,Killing形式は非退化となる。
    3. $\ad(E_\alpha),\ad(E_{-\alpha})$で不変な$V\subset \frg$に対し,$\tr(\ad(H_\alpha))$の$V$へ制限$\tr|_V (\ad(H_\alpha))$は0になる。
    4. $\alpha\in \bigtriangleup$かつ,なんらかの整数$k$に対して$k\alpha\in \bigtriangleup$であれば,$k=\pm1$で$\dim\frg_\alpha=1$である。
    5. 2つの異なるルート$\alpha,\beta$に対し,数

      \begin{align} N(\alpha,\beta) \equiv \frac{2(\alpha,\beta)}{(\alpha,\alpha)} \end{align}

      は整数になる。 この数は,Cartan整数(Cartan integer)と呼ばれる。




    各命題の証明

    1の証明

    $E_\alpha \in \frg_\alpha, E_\beta \in \frg_\beta$および$E_\gamma \in \frg_\gamma$とすると,$\ad(E_\alpha)E_\gamma=[E_\alpha,E_\gamma]\in \frg_{\alpha+\gamma}$であるから,$\ad(E_\alpha):\frg_\gamma\to \frg_{\alpha+\gamma}$であり,同様に,$\ad(E_\alpha)\ad(E_\beta):\frg_\gamma\to \frg_{\alpha+\beta+\gamma}$である。 $\alpha+\beta \neq 0$であるから,すなわち$\ad(E_\alpha)\ad(E_\beta)$は$\frg_\gamma$を$\frg_\gamma$以外の空間に写す写像である。 よって$\ad(E_\alpha)\ad(E_\beta)$を行列表示すると,その対角成分は$0$になる。 よって,$B(E_\alpha,E_\beta)=\tr(\ad(E_\alpha)\ad(E_\beta))=0$である。


    2の証明

    $B$の$\frh$上への制限が非退化でないとすると,$\frg$上で非退化であるという事実に反するということを示す。

    ある$H\in \frh$が,$\forall H' \in \frh$に対し

    \begin{align} B(H,H')=0 \end{align}

    を満たすとする。 また,$\frh=\frg_0$であり$\forall\alpha \in \bigtriangleup$に対し$\alpha+0\neq 0$なので,命題1より$\forall E_\alpha \in \frg_\alpha$に対して

    \begin{align} B(H,E_\alpha)=0 \end{align}

    でもある。 $\frg$は$\frh=\frg_0$と$\frg_\alpha$の直和であるから,上の2つの式は,$\forall X \in \frg$に対し

    \begin{align} B(H,X)=0 \end{align}

    であることを意味している。 $B$は$\frg$上で非退化であったから,$H=0$でないといけない。 よって,$B$の$\frh$上への制限も非退化である。


    3の証明

    $[E_\alpha,E_{-\alpha}]=H_\alpha$と$\ad([E_\alpha,E_{-\alpha}])=[\ad(E_\alpha),\ad(E_{-\alpha})]$および次元の等しい正方行列$A,B$に対して$\tr(AB)=\tr(BA)$が成り立つことから

    \begin{align} \tr|_V(\ad(H_\alpha)) = \tr|_V([\ad(E_\alpha),\ad(E_{-\alpha})])=0 \end{align}

    となる。


    4の証明

    $[E_{\alpha},E_{-\alpha}]=H_\alpha$となる$E_\alpha\in \frg_\alpha$および$E_{-\alpha}\in \frg_{-\alpha}$を選ぶ。 また,ルートは有限であるから,$m\alpha$はルートだが,$(m+1)\alpha,(m+2)\alpha,...$はどれもルートではないような自然数$m$を取れる。 ここで$\frg$の部分空間

    \begin{align} V=CE_{-\alpha}+CH_\alpha +\sum_{k=1}^m \frg_{k\alpha} \end{align}

    を用意する($C$は複素数の集合)。 これは,$E_{-\alpha}$と$H_\alpha$および各$\frg_{k\alpha}$の元$E_{k\alpha}^{(1)},...,E_{k\alpha}^{(d_k)}$によって張られる空間である。 ここで$d_k=\dim \frg_{k\alpha}$とした。

    この部分空間は $\ad(H_\alpha)$および$\ad(E_{\pm \alpha})$に対して不変だから

    \begin{align} \label{eq:trVHa} \tr|_V (\ad(H_\alpha))=0 \end{align}

    が成り立つ。

    他方,$\ad(H_\alpha)E_{-\alpha}=-\alpha(H_\alpha)E_{-\alpha}=-(\alpha,\alpha)E_{-\alpha}$および,$\ad(H_\alpha)$の$\frg_{k\alpha}$上の固有値が$k\alpha(H_\alpha)=k(\alpha,\alpha)$であることから,$V$の元を

    \begin{align} ( E_{-\alpha},H_\alpha,E_\alpha^{(1)},...,E_\alpha^{(d_1)}, ... ,E_{m\alpha}^{(1)},...,E_{m\alpha}^{(d_m)} ) \end{align}

    と並べたベクトルに作用する$\ad(H_\alpha)$の行列の部分は

    \begin{align} \ad(H_\alpha) = \left( \begin{array}{ccccc} -(\alpha,\alpha) & 0 & 0 & ... & 0\\ 0 & 0 & 0 & ... & 0 \\ 0 & 0 & (\alpha,\alpha) & ... & 0 \\ \vdots &\vdots &\vdots &\ddots & \vdots \\ 0 & 0 & 0 & ... & m (\alpha,\alpha) \end{array} \right) \end{align}

    の形になるため,(\ref{eq:trVHa})と合わせて

    \begin{align} \tr|_V(\ad(H_\alpha)) = (\alpha,\alpha) (-1+d_1+2d_2+3d_3+...)=0 \end{align}

    の関係が得られる。 これより,$d_1=1, d_2=d_3=...=0$とわかる。 同様のことを$\alpha \to -\alpha$として行うことで,命題が証明される。


    5の証明

    $\bigtriangleup$は有限集合なので,$k$を整数とすると有限個の$\beta+k\alpha$だけが$\bigtriangleup$に含まれる。 そこで,$-q\leq k \leq p$までは$\beta+k\alpha \in \bigtriangleup$だが,$\beta-(q+1)\alpha$も$\beta+(p+1)\alpha$はルートではないというように,整数$p,q\geq 0$が取れる。 これから$\frg$の部分空間

    \begin{align} V=\sum_{k=-q}^p \frg_{\beta+k\alpha} \end{align}

    を取ると,$V$は$E_\alpha\in \frg_\alpha$および$E_{-\alpha}\in \frg_{-\alpha}$の随伴表現$\ad(E_\alpha),\ad(E_{-\alpha})$に対して不変であるから

    \begin{align} \label{eq:trV0} \tr|_V(\ad(H_\alpha))=0 \end{align}

    となる。

    他方,$\ad(H_\alpha)$の$\frg_{\beta+k\alpha}$上の固有値は

    \begin{align} (\beta+k\alpha)(H_\alpha) = (\beta,\alpha)+k(\alpha,\alpha) \end{align}

    であるから,上の命題の証明と同様にして

    \begin{align} \tr|_V(\ad(H_\alpha)) =& \sum_{k=-q}^p [(\beta,\alpha)+k(\alpha,\alpha)] \notag \\ \label{eq:trV} =& (p+q+1)(\beta,\alpha) +\frac{1}{2}(p-q)(p+q+1)(\alpha,\alpha) \end{align}

    と計算される。 (\ref{eq:trV0})および(\ref{eq:trV})より

    \begin{align} q-p = \frac{2(\alpha,\beta)}{(\alpha,\alpha)} \end{align}

    が得られる。 $p,q$ともに整数であるから,この数は明らかに整数である。


    参考文献