はじめに
ここでは,半単純Lie代数の構造を決定す上で中心的な役割を果たすCartan部分代数とルートという概念について説明する。
※本ノートの内容について誤植の指摘と質問がありましたが,返信先が明記されていなかったため,こちらで内容の修正と補足をするとともに,感謝の意を示させていただきます。
Cartan部分代数
Lie代数の可換な部分Lie代数$\frh$があり,そのすべての元と可換な$X$は,$\frh$の元にかならず含まれているとき,$\frh$は極大(maximal)であるという。
形式的に述べ直すと次のようになる:
定義:
Lie代数の可換な部分Lie代数$\frh$が極大であるとは,すべての$H\in \frh$に対し,$[X,H]=0$であれば$X\in \frh$であることをいう。
複素半単純Lie代数$\frg$の中から,互いに可換でエルミートな元
\begin{equation}
H_i^\dagger = H_i,
\quad
[H_i,H_j]=0,
\quad
i,j=1,2,...,l
\end{equation}
を選ぶことができる。
このような元からなる部分代数のうち,次元$l$が最大のもの,すなわち極大なもの$\frh$を,Cartan部分代数(Cartan subalgebra)という。
Cartan部分代数の構成には任意性があるが,互いに同型な写像で移り合えるので,1つのLie代数に対し本質的にはただ1つのCartan部分代数が定まる。
Cartan部分代数の次元$l$をLie代数$\frg$の階数(rank)という。
ルート
随伴表現の性質より,各$H_i$について可換
\begin{equation}
[\ad(H_i),\ad(H_j)]=0
\end{equation}
であるから,同時に対角化可能であり,Hermitian
\begin{equation}
\ad(H_i)^\dagger=\ad(H_i)
\end{equation}
であるから固有値は実数である。
すなわち,$l$個の実数固有値を$a_i$とし,固有値方程式
\begin{equation}
\label{eq:adX_aX}
\ad(H_i)X=a_i X,
\quad
X\in \frg
\end{equation}
が成り立つ。
(\ref{eq:adX_aX})において$l$個の$H_i$に対応し,$l$個の固有値$a_i$がある。
これら$a_i$は,$\frh$の双対空間$\frh^*$の元を,基底$\bm{e}^i$を用いて
\begin{equation}
\alpha
=\sum_{i=1}^l a_i \bm{e}^i
=a_1\bm{e}^1
+a_2\bm{e}^2+\cdots
+a_l\bm{e}^l
\end{equation}
と展開した時の係数に対応する。
この$\alpha$のうち,ゼロでないものをルート(root)という。
この関係については以下で内積を導入したのちに再び議論する
特定のルート$\alpha=\sum_i a_i\bm{e}^i$に対し(\ref{eq:adX_aX})を満たす$X\in\frg$を,$E_\alpha$と表す。
すなわち
\begin{equation}
\ad(H_i)E_\alpha=[H_i,E_\alpha]=a_i E_\alpha
\end{equation}
である。
この式を満たすために,$E_\alpha$には定数倍の任意性があることに注意しよう。
またこの式のエルミート共役は
\begin{equation}
[H_i,E_\alpha]^\dagger
=
-[H_i,E_\alpha^\dagger]
=
-\alpha E_\alpha^\dagger
\end{equation}
であるから,$\alpha$がルートであれば,$-\alpha$もルートであり
\begin{equation}
E_{-\alpha}=E_\alpha^\dagger
\end{equation}
が対応する固有ベクトルになることがわかる。
2つのルート
\begin{equation}
\alpha=\sum_{i=1}^l a_i \bm{e}^i,
\quad
\beta=\sum_{i=1}^l b_i \bm{e}^i,
\end{equation}
に対し
\begin{equation}
\begin{split}
\ad(H_i)[E_\alpha,E_\beta]
=&
[[H_i,E_\alpha],E_\beta]+[E_\alpha,[H_i,E_\beta]] \\
=&
[\ad(H_i)E_\alpha,E_\beta]+[E_\alpha,\ad(H_i)E_\beta] \\
=&
a_i[E_\alpha,E_\beta]+b_i[E_\alpha,E_\beta]\\
=&(a_i+b_i)[E_\alpha,E_\beta]
\end{split}
\end{equation}
であるから,$\alpha=-\beta$
のとき
\begin{equation}
\ad(H_i)[E_\alpha,E_{-\alpha}]=0
\end{equation}
となる。
$[E_\alpha,E_{-\alpha}]$はすべての$H_i$と交換する$\frg$の元であるから,すなわち$\frh$の元であり
\begin{equation}
[E_\alpha,E_{-\alpha}]
=H_\alpha
\equiv \sum_{i=1}^l a^i H_i,
\end{equation}
と表すことができる。
Killing形式とCartan計量
$\frh$と$\frh^*$,したがって$a_i$と$a^i$を関係づける計量を定義しよう。
$H_\alpha,H_i$のKilling形式を計算してみると
\begin{equation}
\begin{split}
B(H_i,H_\alpha)
=&
\tr(\ad(H_i),\ad([E_\alpha,E_{-\alpha}])) \\
=&
\tr\left(\ad(H_i) \ad(\sum_{j=1}^l a^j H_j)\right) \\
=&
\tr\sum_{j=1}^la^j
\left(\ad(H_i) \ad(H_j)\right)
\end{split}
\end{equation}
となる。
他方,同じ量は
\begin{equation}
\begin{split}
B(H_i,H_\alpha)
=&
\tr(\ad(H_i)[\ad(E_\alpha),\ad(E_{-\alpha})]) \\
=&
\tr([\ad(H_i),\ad(E_\alpha)]\ad(E_{-\alpha})]) \\
=&
\tr(\ad([H_i,E_\alpha])\ad(E_{-\alpha})]) \\
=&
a_i\tr(\ad(E_\alpha)\ad(E_{-\alpha}))
\end{split}
\end{equation}
でもあり,適当な規格化によって
\begin{equation}
\tr(\ad(E_\alpha)\ad(E_{-\alpha}))=1
\end{equation}
とできるから,$H_i,H_j$のKilling形式
\begin{equation}
\label{eq:cartanMetric}
g_{ij}\equiv \tr(\ad(H_i)\ad(H_j))
\end{equation}
が計量テンソルの役割を果たし
\begin{equation}
a_i=\sum_{j=1}^l g_{ij}a^j
\end{equation}
が成り立つ。
ここで,(\ref{eq:cartanMetric})をCartan計量(Cartan metric)という。
これを用いると,$\frh$上の内積を
\begin{equation}
\alpha(H_\beta)
=
(\alpha,\beta)
=
B(H_\alpha,H_\beta)
=
\sum_{i,j=1}^l g_{ij} a^i b^j
\end{equation}
と定義することができる($\frh$上でKilling形式が非退化になることについては『ルートの性質』を参照)。
ルート(再)
内積が定義できたので,これを利用して再び$\frh$と$\frh^*$およびルートの関係を整理しておこう。
基底$\{ H_i\}$の同時固有ベクトルを$X$とすると,(\ref{eq:adX_aX})より何らかの$H=\sum_i a^i H_i \in \frh$について
\begin{equation}
\begin{split}
\ad(H)X=&
\ad\left(\sum_{i=1}^l
a^i H_i\right)X \\
%
=&
\sum_{i=1}^l
a^i
\ad(H_i)X \\
%
=&
\sum_{i=1}^l
a^i a_iX
\end{split}
\end{equation}
が成り立つ。
ここで$a^i$は$\frh^*$の基底$\bm{e}^i$と$H$の内積
\begin{equation}
a^i
=\bm{e}^i(H)
=\bm{e}^i\left(\sum_{j=1}^l
a^j H_j\right)
\end{equation}
で与えられるから
\begin{equation}
\sum_{i=1}^l
\bm{e}^i(H) a_i X
=
\alpha(H)X
\end{equation}
と書き換えられる。
したがって
\begin{equation}
\ad(H)X
=
\alpha(H) X
\end{equation}
である。
改めて,すべての$H$について,上の固有値方程式を成り立たせる$\alpha$のうち,ゼロでないものがルートである。