Lie群とは,群構造を持つ多様体で,その群演算が$C^\infty$級である群のことである。 Lie群は左(または右)移動と呼ばれる$G$自身への微分同相写像により,単位元から任意の点へと構造を保ったまま移ることができる。 よって,Lie群は局所的には,任意の点の近傍で同様の構造を持っており,単位元周辺の構造さえわかればLie群全体の構造を知ることができる。 こうした事情から,Lie群の性質を調べるにあたって,単位元上の接空間が重要な役割を果たす。
以下,$C^\infty$級多様体を念頭に議論するため,特に断りのない限り,多様体という言葉は$C^\infty$級多様体を指すものとする。 また,Einsteinの規約に従い,上下繰り返しの添え字は和を取ることとする($\pd_i \equiv \pd/\pd x^i$は右辺の表現でも下付きとみなす)。
Lie群とは,群構造を持ち,かつ群演算
が$C^\infty$級写像である微分可能多様体$G$のことをいう。
例1:$n$次元Euclid空間$R^n$は,加法を群演算とすると,$n$次元の可換Lie群となる。 単位元は0ベクトルである。
例2:正則な正方行列$A$の全体からなる群
を$n$次の実一般線形群(real general linear group)という(複素数を成分とする行列からなる場合は$GL(n,C)$と表し,複素一般線形群(complex general linear group)と呼ぶ)。 物理において特に重要になるのが,一般線形群の閉部分群として定義される線形Lie群(linear Lie group)である。 一般線形群についてより詳しくは『一般線形群』を参照
$g$と$h$を$G$の元としたとき,$h$の$g$による左移動(left translation)および右移動(right translation)と呼ばれる微分同相写像がそれぞれ
で定義される。 右でも左でも同様の議論になるため,以下左移動に関して議論をする。
任意の$h\in G$上の接ベクトル$X_h \in T_h G$に対し,左移動(\ref{eq:left-translation})に伴う微分
が定義できる。 すると,単位元$e\in G$と任意の$g\in G$について$ge=g$であるから
により,任意の点で接ベクトルを指定できるため,これによってベクトル場を構成することができる。 こうして作られるベクトル場$X$は,定義からして,左移動によって自分自身に写像される:
すなわち,左移動に対して不変となる。 このように,左移動に対して不変なベクトル場を,左不変ベクトル場(left invariant vector field)という。 右移動を用いれば同様にして右不変ベクトル場が構成できる。
例3: $R$の左移動は,任意の$g,x \in R$に対して
である。 ベクトル場
の左移動を考えると,$L_{g*}(d/d x)_e$は$g$上でのベクトルとなるから,何らかのスカラー$a$を用いて
と表せるはずである。 これを,関数$f(x)=x$に作用させると,右辺の表現を用いた場合は
左辺の表現で考えた場合は
となるから
が成り立つ。 すなわち,$d/dx$は左不変ベクトル場である。
例4: $GL(n,R)$の元である正方行列$g$の成分を$x^{i}_{\ j}(g)$と表すと,左移動は
という行列の積演算になる。 $e$上のベクトル
が与えられると,任意の$g$におけるベクトルの成分は,$X^i_{\ j}=X^k_{\ l}\pd^k_{\ l} x^i_{\ j}$より
となるから
で定められるベクトル場$X$は不変ベクトル場となる。 ここで$(gV)^i_{\ j}=x^i_{\ k} (g)V^k_{\ j}$である。