はじめに
物理においては,例えばLie群の扱いなどで必要になる行列の列の収束や,正方行列の指数表示などについて説明する。
行列のノルムと距離
$n$次の複素正方行列の集合を$M(n,C)$と表し,その元について考える。
行列$A\in M(n,C)$の$(i,j)$成分を$a_{ij}$としたとき,$A$のノルムは
\begin{align}
\| A \|=\sqrt{\sum_{i,j} a_{ij}^2}
\end{align}
で定義される。
任意の行列$A,B$と複素数$c \in C$について,以下の性質が成り立つ。
- $\| A \| \geq 0$
- $\| A\|=0 \Longleftrightarrow A=0$
- $\|c A \|=|c| \|A\|$
- $\| A+B\| \leq \|A\|+\|B\|$
- $\| AB\| \leq\|A\|\|B\|$
また,行列$A$と$B$の距離を
\begin{align}
d(A,B)=\|A-B\|
\end{align}
で定める。
性質2より,行列の列$A_1,A_2,...$が
\begin{align}
\lim_{k\to \infty}\|A_k-A\|=0
\end{align}
を満たすとき
\begin{align}
\lim_{k\to \infty}A_k \to A
\end{align}
である。
これを,列$A_1,A_2,...$が$A$に収束するという。
行列の指数関数
行列$A$の指数関数は
\begin{align}
\label {eq:expA}
\exp{A}
=
e^A
\equiv
I+\frac{A}{1!}+\frac{A^2}{2!}+...
=
\sum_{k=0}^\infty \frac{A^k}{k!}
\end{align}
で定義される。
ここで,$A^0$は$A$と同じ次数の単位行列$I$に等しいとする。
この右辺の無限級数は任意の行列について収束する。
proof
(\ref{eq:expA})の右辺は
$$
\sum_{k=0}^n \frac{A^k}{k!}
$$
について$n \to \infty$の極限を取ったものであるため
\begin{align}
s_n= \sum_{k=0}^n \frac{A^k}{k!}, \ \
S_n= \sum_{k=0}^n \frac{\|A\| ^k}{k!}
\end{align}
といった量について考える。
$n>m$である自然数$n,m$について
\begin{align}
\|s_n -s_m\| , \ \
|S_n -S_m|
\end{align}
を定義すると
\begin{align}
\|s_n -s_m\|
=&
\left\| \sum_{k=0}^n \frac{A^k}{k!}
- \sum_{k=0}^m \frac{A^k}{k!}\right\|
=
\left\| \sum_{k=m+1}^n \frac{A^k}{k!} \right\| \notag \\
=&
\left\| \frac{A^{m+1}}{(m+1)!}+\frac{A^{m+2}}{(m+2)!}+...+ \frac{A^{n}}{n!}\right\|
\end{align}
および
\begin{align}
|S_n -S_m|
=&
\left| \sum_{k=0}^n \frac{\|A\|^k}{k!}
- \sum_{k=0}^m \frac{\|A\|^k}{k!}\right|
=
\sum_{k=m+1}^n \frac{\|A\|^k}{k!} \notag \\
=&
\frac{\|A\|^{m+1}}{(m+1)!}+\frac{\|A\|^{m+2}}{(m+2)!}+...+ \frac{\|A\|^{n}}{n!}
\end{align}
であり,ノルムの関係3および4(和のノルムはノルムの和以下)と5(積のノルムはノルムの積以下)を使うと
\begin{align}
\|s_n -s_m\| \leq |S_n -S_m|
\end{align}
の関係が成り立つことがわかる。
$S_n$は定義より$e^{\|A\|}$に収束するから,上式より,$s_n$も収束することがわかる。
□
この表現について,次のことが言える:
$A,B \in M(n,C)$について,$AB=BA$であれば
\begin{align}
e^A e^B=e^{A+B}
\end{align}
の関係が成り立つ。
これは次のように示せる。
\begin{align}
e^{A+B}
=&\sum_{j=0}^\infty \frac{1}{j!}(A+B)^j
=\sum_{j=0}^\infty \frac{1}{j!}
\sum_{k=0}^j \frac{j!}{k!(j-k)!} A^k B^{j-k} \notag \\
=&\sum_{j=0}^\infty \sum_{k=0}^j
\frac{A^k}{k!} \frac{B^{j-k}}{(j-k)!}
=\left(\sum_{k=0}^\infty \frac{A^k}{k!} \right)
\left(\sum_{l=0}^\infty \frac{B^l}{l!} \right) \notag \\
\label{eq:eAeBproof}
=& e^A e^B
\end{align}
ここで,1行目の2つ目の等式で二項定理を使った。
2行目の和の置き換えは次のように考えるとわかりやすい。
$e^A e^B$は,無限級数に展開して考えると
\begin{align}
\label{eq:eAeBsum}
\left(1+A+\frac{A^2}{2!}+\frac{A^3}{3!}+...\right) \left(1+B+\frac{B^2}{2!}+\frac{B^3}{3!}+...\right)
\end{align}
である。
平面上の点$(k,l)$($k,l$は自然数)を,(\ref{eq:eAeBsum})の展開に現れる$(A^k/k!)(B^l/l!)$に対応付けると
\begin{equation}
\begin{split}
1\times &(1+B+\frac{B^2}{2!}+\frac{B^3}{3!}+...)\\
A&\times (1+B+\frac{B^2}{2!}+\frac{B^3}{3!}+...) \\
&\frac{A^2}{2!}\times (1+B+\frac{B^2}{2!}+\frac{B^3}{3!}+...) \\
&...
\end{split}
\end{equation}
と計算していく過程は(実際にはそれぞれ無限級数であるが),下図の左のように格子点を拾っていくことに対応する。
他方,式(\ref{eq:eAeBproof})の
$$
\sum_{j=0}^\infty \sum_{k=0}^j
\frac{A^k}{k!} \frac{B^{j-k}}{(j-k)!}
$$
のような和は,図の右のような拾い方に対応している。